川端康成先生旧跡
大阪府茨木市宿久庄
川端康成先生旧跡は、大阪府三島郡川村大字宿久庄(現在の茨木市宿久庄)にある、川端康成の祖父母の家であった玄関先に建っている。川端康成は両親と死別した後、3歳に満たないころに祖父母に引き取られ、大阪府立茨木市旧制中学校(現在の府立茨木市高等学校)3年生のとき、祖父を亡くすまでこの家で暮らしていた。川端家は東村の庄屋を務めた由緒ある旧家だったが、祖父・三四郎は事業に失敗し田畑や山を売り払い、庭と土蔵三棟だけが残った屋敷跡に小さな家が建つだけとなっていた。祖母・カネが死んだ後も、康成が16歳になるまで病気の祖父と二人きりの生活をつづけ、このときの病床の祖父との会話が後に『十六歳の日記』の題材になったことで知られる。ここは、そんな康成の少年時代の思い出が詰まった場所でもある。現在は姪に当たる川端富江さんと家族が住まわれている。