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弥勒堂(みろくどう)

営業:毎年3/15涅槃会/10:00〜16:00

近隣の旧三村の総代が共同管理している。年に1度、3/15に所蔵の涅槃図等を一般公開する、涅槃会を行う。

忍頂寺

宗派は高野山真言宗で、ご本尊は薬師如来橡。平安時代の初期に僧三澄によって創建され、860年(貞観2年)に清和天皇により「忍頂寺」と命名された。寺運盛んであったころは、広大な荘園を持つ修験道場として、多くの衆徒を抱えていた。境内の北側斜面に、府指定有形文化財の五輪塔がある(築造1321年)。

大念寺(茨木市)

浄土宗知恩院の末寺で、藤原鎌足の長男定恵(じょうえ)によって創建された。境内にある黄金竹の頭だけ枯れるのは、鎌足の首だけ大和多武峰(やまととうのみね)に改葬したためだと言われている。本堂には、本尊の「阿弥陀如来像」の他に、市指定文化財の「木造毘沙門天立像」や「雨乞い地蔵」などが安置されている。

阿為神社

この地方一帯は、早くから中臣氏の一族である中臣藍連(なかとみのあいらじ)の所領であった。その祖神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祀ったのが「阿為神社」であり、『延喜式神名帳』に名が記されている延喜式内の古社である。所蔵されている重要美術品の『三角縁二神二獣鏡』は、同地の「将軍山古墳」から出土し、邪馬台から大和朝廷初期の頃、中国(魏)から渡来したものとも考えられている。

真龍寺

とても緑の多い境内。かなり変わったものもある。なんとSL機関車D-51が置かれているのである。そして、本堂の左手。鎮守堂には牛頭天王に縁のある「なで牛」像が安置されている。この牛を自分の身体に照らし合わせて、その箇所をなでるとケガや病気が治るといわれている。

大門寺

春は梅や新緑、秋には見事な紅葉と四季折々に姿を変える境内の景色は、阿武山の絶景とも向い合って美しく、とても素晴らしいものです。大門寺は真言宗仁和寺の末寺で、771年(宝亀2年)に開成皇子が霊地を求めてこの地に来た折りに、多聞天の化身にあったことから草堂を建てたのが始まりだといわれています。また、本尊である「木造聖如意輪観世音菩薩坐像」は、当時の開成皇子が香木に彫刻したものであると伝えられています。「木造四天王立像」と共に、国の重要文化財に指定されています。

総持寺

営業:6:00〜17:00

阪急電車京都線総持寺駅下車、徒歩5分、西国第二十二番の名刹として知られる高野山真言宗の総持寺は、平安時代の貴族で「山蔭流庖丁式」または「山陰千日料理」の創始者、および包丁道の祖として知られる藤原山蔭により創建された寺である。もともとは元慶3年(879)の頃、山蔭が父・高房の遺志を継いで、白檀の香木で造像した千手観世音を、氏寺として建てた寺に安置したのが始まりとされている。後に孫娘(もしくは曾孫)に当たる時姫が一条天皇の外祖母となったため、総持寺も一条天皇の勅願所となり、さらに白河、鳥羽天皇の勅願所となったことで隆盛を極めるようになった。毎年4月18日に境内で執り行われる包丁式では、神職の人が大勢の来賓を前に、座敷で包丁をつかって華麗に魚をさばいで見せる。また、料理店や家庭でつかわなくなった包丁を奉納するための包丁塚なども。

茨木神社

定休日:なし

中条村・茨木村の氏神として多くの人々の崇敬を集め、楠木正成公が茨木城築城の際、現在の地へ奉遷し、以後代々の城主は厚い崇敬を捧げた。特に豊臣時代には、城主中川清秀、片桐貞隆等が上田を寄進し、徳川時代には、藩主永井家、大阪城代等から祭礼毎に重役を代参させるなど氏子と共に尊崇の誠を捧げたとされる。

意賀美神社

営業:神社内24時間入れます。但し、神社沿革の説明申し込み・文化財見学は9時〜17時(入場料不要)

境内には100本もの梅があり、「意賀美の梅林」として有名です。また、境内には枚方市の有名民俗文化財に指定されている「算額」が保管されています。算額とは、和算(=日本古来の数学)家が数学の問題や解答を書いて神社などに奉納したもの。この神社にあるものは1861年(文久元年)に、摂津麻田藩の岩田清庸(せいよう)が奉納しました。

三之宮神社

昔は、日照り続きで水が乏しくなると、いつもは仲良く暮らしていた農民達も、水を巡っての争い事が絶えなかった。しかし争う水さえ無くなり、水を得る手だてがなくなった時、近隣の複数の村が合同で、三之宮神社で雨乞いをしたという。実際に雨が降れば、その神社へ御礼をした。その返礼行事は、雨乞いの時以上に盛大なもので、神社の境内では、返礼相撲や能狂言、住吉踊りなどが行われた。また、境内に現存する灯篭の多くは、そのような雨乞い返礼として奉納されたものだ。

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