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育徳園跡

東大構内の心字池(三四郎池)を中心とした大名庭園の跡

六義園

五代将軍綱吉に重用された柳沢吉保の下屋敷として築造された本邦屈指の築山泉水庭園。明治の頃には岩崎家の別邸となっていたが,昭和13年東京市に寄贈された。和歌趣味を基調とし,あまり技巧に走らない明朗でのびやか,かつ繊細な江戸大遊園としての特色が見る人の心をなごませる。

小石川後楽園

水戸徳川家の庭を前身とし、昭和11年文部省より東京都が管理を委ねられた現存大名庭園屈指の名園。明朝の遺臣朱舜水の設計による中国趣味を基調としたもので、涵徳亭付近の築山(小盧山)や流水(大堰川・円月橋)にその特色を表している。光圀が農事を行ったという水田にも今は花ショウブが植えられ、5月〜6月には園内にいろどりをそえている。

真珠院

初代松本藩主水野忠清(家康の生母於大の甥)を開基として貞享元年(1684)年に創建。小石川七福神のひとつで、布袋尊が祀られている。

深光寺

墓地内には、南総里見八犬伝の作者滝沢(曲亭)馬琴が眠る。(区指定文化財)また、キリシタン燈籠(?)がある。小石川七福神の一つである恵比寿天を祀る。

西教寺

釈了賢が湯島三組町に一寺を建立した。元禄2年(1689)に現在の地に移った。朱塗りの表門は、幕末の大老酒井雅楽頭(うたのかみ)の屋敷から譲り受けて移築したものといわれている。

講安寺

慶長11年(1606)に湯島天神下に創建され、その後元和2年(1616)に現在地に移転してきた。外壁が漆喰で何度も塗り込められた土蔵造りの本堂。火事に悩んだ江戸の人たちの防火対策の知恵である。(区指定文化財)東大・赤門で有名な将軍家斉の息女溶姫の生母であるお美代の方は明治5年77歳で亡くなるまで講安寺に住んでいた。

円乗寺

八百屋お七の墓:お七の生家は駒込片町で有数の八百屋であった。天和2年(1682)近くの大円寺出火でお七の家が焼け菩提寺の円乗寺に非難した。やがて家は再建され家にもどったが、恋仲になった円乗寺の小姓山田佐兵衛に会いたい一心で付火をした。放火の大罪で捕らえられたお七は、天和3年火あぶりの刑にされた。墓は3基あるが、中央は寺の住職が供養のために建てたもの右側は寛政年中岩井半四郎がお七を演じたのが縁で建立、左側は近所の人が270回忌法要のために建てたもの。

法真寺

樋口一葉ゆかりの寺として有名。一葉一家は法真寺東隣に一葉5歳から10歳まで住んだ。樋口家では最も幸福な安定した時代で、一葉が病床で書いた雑記の中にも「桜木の宿」と呼んで懐かしがっている。

北野神社(牛天神)

源頼朝東国経営の折、この地で波風の静まるの待つうちに、夢に菅原道真が現れて、二つの吉事があると伝えた。お告げどおりなり、ここに社殿を造営した。また夢からさめると道真の立っていた跡に、牛の形をした石があった。このため「牛天神」とも言われている。

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