全日本の観光地へ
織田信長の室として3人の子をもうけた吉乃の方が葬られています。吉乃の生家である生駒家の菩提寺であり、墓地には歴代当主の墓碑が立ち並んでいます。
一時荒廃していたものを生駒氏が再建し、久昌寺の末寺としました。本尊の千手観音像が市の文化財に指定されています。
阿波徳島の大名蜂須賀家政が幼少期にこの地に住んだ縁により再建した本殿(県指定文化財)は、桃山時代の建築様式をよく伝えています。
前野氏一族の菩提寺であり、寛延元年(1748)に創建され、徳林寺第3世継山全和尚を請して開山しました。本尊は、この地方では珍しい三面八臂坐像観音です。
阿波徳島の大名蜂須賀家政によって再建されました。秘仏とされている本尊の如意輪観音像(市指定文化財)の内部には、別の仏像(胎内仏といいます)が納められています。
学問の神「菅原道真公」を祭神とするこの神社は、承応3年(1654)に創建されました。北野という地名は、この神社から起こったといわれています。近年になってから始められた「筆まつり」には、多くの受験生やその家族が進入学祈願をするために訪れます。
円空仏を所蔵することで知られる寺院。また、境内地一帯は7世紀ごろの古代寺院の遺跡で当時の瓦などが出土している。6月には境内にて「あじさい祭り」が開催され、色とりどりのあじさいが所狭しと咲き誇り、来訪者の目を楽しませる。
元徳元(1329)年に後醍醐天皇の勅願寺として創建された、尾北地方有数の古刹。国の重要文化財に指定されている正堂と書院をはじめ、多数の文化財を所蔵している。正堂は、阿波国主蜂須賀家政が幼少時代の縁で1632年に寄進したものである。
吉乃の方が荼毘に付された場所です。観音像に刻まれた石碑の横には、その時植えられたという彼岸桜(通称:吉乃桜)があります。
戦国時代よりこの地を拠点に大きな勢力を持ち、後に尾張藩の重臣となった生駒家の屋敷跡で、小折城とも呼ばれます。現在は、その地に碑が建てられています。