全日本の観光地へ
観光
生涯学習施設は、市民の学習の場として体験的な学習、あるいは宿泊研修における交流の場として、又、地域文化の継承、文化交流など多目的な活用が出来る施設です。
青木山満行寺所蔵
秋間川沿いに秋間梅林へ出る途中池尻地域から北に約1キロ登った安中市東上秋間の御殿山にある。この山の南腹に屏風を南に向けてひらいているような岩山がある。通称岩戸山と呼んでいるが、ここに47体の石像が横一列に並んでいる。赤穂義士片岡源五右衛門の下僕元助が義士が本懐をとげ切腹した後故郷安中に帰り、出家し名を音外坊と変え義士の冥福を祈って47像を刻み安置したもの。毎年3月25日義士祭りが行われている。
廃藩置県が実施された際、江戸屋敷から引き上げる藩士を収容するため急造された屋敷で、新島家も江戸から引き上げてここに住んだ。明治7年国禁を犯して渡米していた新島襄が10年振りに晴れて帰朝し、近くにキリスト教会を創立してキリスト教の伝道を行った。昭和38年に新島襄の旧宅を移築し、その遺品や関係書類及び写真等を収集して展示する施設を造り、昭和39年に開館しました。
正しくは「悟留譜観世音菩薩」背後にクラブ13本とパター1本を携えている。世界で唯一の守り仏。由来は、近年ゴルフプレーヤーの急増に伴い、そのゴルフ場に働く人々と地域住民の安全、隆盛を祈念し、そして、ゴルファーの安全とスコアアップ、ホールインワンを祈願して平成2年10月に悟留譜観世音菩薩の石仏を建立いたしました。この石仏は、全性寺独自のもので、他に類例のないものであります。その観世音菩薩の背後には、ゴルフのクラブ13本と、パターを1本持っています。
県指定重要文化財。禅師は永万元年(1165)上野国那波郡に生まれ、武州慈光山の厳耀、次いで京都建仁寺の栄西に学んで臨済宗を修め、新田義季に招かれて世良田に長楽寺を開いた名僧。宝治元年、蓮華の花の奇跡を夢見て一寺を建立、名を蓮華寺としたといわれています。座像で総高108センチメートル。
昔、彦根城主、井伊直孝が武蔵野に狩に出て大雷雨に遭いました。そのとき、一匹の猫が現れ、片手を上げて招き、茅屋に案内してくれたため雨がしのげた、というのが招福観音・豪徳寺(東京)の由来です。海運寺の住職が分身を勧請、全国でも数少ない招き寺です。
磯部公園内にあり、大手拓次、北原白秋、室生犀星らの文学碑が集まり碑めぐりを楽しめて文学散策には最適のコースです。
並んでいる梵鐘が108。開運小槌で「過去、現在、未来」と3回撞けば、その澄んだ音色が重なり合い、人々の心を洗い清めるよう響きます。例年大晦日は、善男善女で賑わいます。