沼田城址

群馬県沼田市西倉内町
連絡方法
営業時間
  • 営業日: 公開:随時
    休業:年中無休

基本情報

天文元年(1532)、沼田顕泰が築いた倉内城が、この城である。永禄3年(1560)上杉謙信に従い、内紛によって沼田氏滅亡後、上杉、北条の城代が相次ぎ、天正8年(1580)、真田昌幸が入城する。その子信之が天守閣を築いたが、五代信澄のお家改易で解体。元禄16年(1703)本多正永が再建し、黒田に代わった土岐氏が、版籍奉還した。現在は公園になっている。◎真田昌幸(1547-1611)安房守。信州上田城主。武田信玄・勝頼の重臣。兄2人が長篠の戦で戦死したので真田家を継いだ。武田滅亡後、所領のことから、家康と悶着を起こし、天正13年、上田攻めに向かった7000の徳川軍を撃破し、小信玄といわれた。その後豊臣秀吉に属し、慶長5年の関ケ原の合戦には石田三成に与し、西上する徳川秀忠3万8000の軍をさえぎって合戦に参加させなかった。◎真田信之(1566-1658)安土桃山・江戸前期の武将。徳川方の人質として浜松に送られる。1593年沼田城主となり伊豆守となる。関ケ原の戦で、父昌幸、弟信繁は大坂方に与したが、信之は東山道より西上の徳川秀忠の先鋒として父の居城上田を攻めた。戦後父弟の助命を乞い、功により許された。

住所

群馬県沼田市西倉内町

アクセス

(1)沼田駅から徒歩で
(2)沼田ICから車で

その他

時代:1532


詳細情報

  • 予算

    備考:無料

  • 駐車場

    -


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