明治17年、高崎市棟高町生まれの詩人。岩野泡鳴らの雑誌「白百合」に短歌を発表したのち、明治43年、自由詩社に参加、長詩を書いた。最初は前衛的な詩風であったが、のち人道的・牧歌的な色彩の詩風に変わった。詩集『三人の処女』『聖三稜玻瑠』で詩壇に登場。詩碑は詩集『雲』から『淙々として天の川がながれてゐるすつかり秋だとほくとほく豆粒のやうなふるさとだのう』。大正13年に没した。
群馬県前橋市石倉町中央大橋西詰
(1)前橋駅からバスで(公社ビル前下車(15分))
徒歩で
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