松尾多勢子は、江戸時代後期の1811年、山本村(現在の飯田市山本)に生まれ、幼少の頃から読み書きや和歌を学びました。19歳のとき伴野村(現在の豊丘村伴野)に嫁ぎ、家を切り盛りしながら三男四女を育て上げました。当時の伊那谷は国学が盛んで、多勢子はその影響を大きく受けました。多勢子は主婦の座を嫁に渡した後、52歳のときに単身上洛しました。
長野県下伊那郡豊丘村神稲7757(慈恩院東裏松尾家墓地内)
(1)松川ICから車で
(2)飯田ICから車で
(3)JR飯田線市田駅からタクシーで
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