標高314メートルの山頂に、飯盛城跡の碑とひっそりと残る石垣の一部がある。1467年(応仁元年)に始まった応仁の乱は世を戦国の時代へと巻き込んでいった。戦略上重要であった飯盛城は、この争乱の中で木沢長政から安見直政へとその城主は移り変るが1560年(永禄3年)ついに畿内勢力の掌握に成功した群雄三好長慶の居城となる。各尾根の要所には郭(くるわ)と呼ばれる陣地が設けられ、山全体が堅固なる要塞であり、その規模は中世山城としては最大級とされている。
大阪府大東市北条
(1)JR学研都市線「四条畷駅」より徒歩約1時間
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