那須与市宗隆は、屋島で扇の的を射た若武者で、下野(栃木県)国那須野庄の住人でした。郷里の那須の庄や京都にも墓所はあるそうですが、須磨では、与市が守護神としていた北向八幡神社へ晩年にお礼のため参詣し、病のためこの地で死去したと伝えられています。この墓所から道路を渡った東側に土地の人々が大正10年ごろ、彼を祀った那須神社ができました。
兵庫県神戸市須磨区妙法寺字宮ノ下
(1)地下鉄妙法寺・板宿からバスで(市バス5系統)
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