天正13年(1585)豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。徳川家康の第十男頼宣が入城して城郭の大改修を行ない、明治維新までの250年間徳川御三家の居城として偉容を誇り、その天守閣の華麗な姿は維新後においても、国宝に指定されていたが、惜しくも戦災により焼失した。現在の天守閣は、昭和33年再建されたものであるが、静水を湛える内堀や城郭を巡らす石垣は400年の歴史をそのままに伝えて居り、往時の隆盛を偲ばせるに充分な遺構である。国指定◎徳川頼宣(1602-71)伏見生れ。紀州徳川家五十五万五千石の藩祖。徳川家康の第十子。南龍公という。◎徳川吉宗(1684-1751)和歌山生まれ。紀州五代藩主。紀州徳川家から将軍職を継ぐ。大岡忠相、青木昆陽らを用いて享保改革を行った。徳川幕府中興の祖。
和歌山県和歌山市一番丁3番地
築城年代1:天正13年(1585)築城/昭和33年(1958)再建
大人:大人:400円
子供:子供:200円小中学生
有料:62台(観光バス11台、その他コインパーキング周辺にあり。)