紀伊続風土記に「此の地武内宿弥、誉田皇子(後の応仁天皇)を守り奉りて、日高にきたり御産湯を奉りし地なるをもって、これを村名に呼び奉るという」又、紀伊名所図会にはアコウとともに七ツ井が載せられている。昔は井戸が七つあったと伝えられるが、現存しているのは井戸一つである。この地では「難産なし」といわれている。
和歌山県日高郡日高町産湯
(1)紀伊内原駅からバスで
時代:応仁天皇のころ
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