平安時代より栄えた三原家居城跡。別名本郷城とも呼ばれ、その規模は南北約150m・東西約110mにおよび、外堀・内堀を構え角櫓・物見失狭間などを設けていた平城だった。戦国時代の天正14年城主・三原招心が、四王寺山の岩屋城における島津勢との戦いで壮絶な最後を遂げ、主を失った城も終焉を迎えた。
福岡県三井郡大刀洗町本郷
(1)本郷駅から徒歩で
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