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焼け残った山門の武家屋敷門は、江戸時代末期の建築と推定され、小大名格の武家屋敷門としては格調正しい様式を備えており、構造、形式ともによく保存されている。菩提寺蓮光院に寄贈移築されてからは寺の山門として使われている。都指定有形文化財。
日蓮宗大本山。1282年10月13日に日蓮上人が入滅された霊跡。10月11日〜13日はお会式法要が行われており、特に毎年12日の夜は日蓮上人の遺徳を偲び全国から30万人の参拝者が訪れる。1608年に秀忠が建てた五重塔は国の重要文化財。平成22年に大改修された大宝塔も国の重要文化財に指定されている。
曹洞宗・山号は慈眼山・院号は無量院。鎌倉時代の武将梶原景時の創建と伝えられるが、火災で焼失して現在地に再建されたがその時期は定かではない。本尊の阿弥陀三尊を清めた湯水は眼病に効くといわれる。
矢口の渡しで謀殺された新田義興(義貞の子)の御霊を鎮めるため1358年に新田大明神を祀った。浄瑠璃“神霊矢口渡”で知られる。
浄土宗・山号は大金山・院号を宝幢院と称し旧本寺は京都の智恩院。行基が開創し、のちに空海が再興したと伝えられている。空海の作と伝えられる地蔵菩薩立像は安産の利益があるといわれている。境内の池は六郷用水と並んで近隣の新田開発の際の水源になったという。
洗足池の水源にもなっている湧水
徳川家康の命を受け1597年小泉次太夫が代官となり多摩川左岸の六郷領と右岸の川崎、稲毛の二カ領に灌漑用水路を開削した。江戸近郊農村の開発と徳川家の財政的な安定を目的に生まれた農業用水。現在では住宅化に伴い埋め立てられてしまったが湧水を利用して流れる川を復活させた遊歩道。鯉なども泳ぎ、桜並木にもなっている
横から見た形が亀に似ていたことから名づけられた全長107メートルの多摩川流域最大の前方後円墳。4世紀後半に造られたとされ宝莱山古墳についで築造された首長墓として国の史跡に指定されており区内では最大の古墳。現在多摩川台公園は公園となっている。
わが国の考古学の発祥になった貴重な貝塚。国の史跡に指定されている。明治10年(1877),アメリカの動物学者だったエドワード・シルベスター・モース博士が,横浜から新橋に向かう汽車の窓から発見した「大森貝塚」。線路際には「大森貝墟」と刻まれた石碑が立っています。大森は日本考古学発祥の地でもあります。区は,モース博士が帰国後,館長を務めたピーボディー・エセックス博物館があるアメリカのセーラム市と平成3年(1991)に姉妹都市となりました。
全長約100mの4世紀前半に造られた多摩川流域最古の前方後円墳で最初に出現した首長墓として貴重な都指定史跡である。後円部に粘土槨らしい存在が認められガラス玉などが出土した。多摩川台公園に隣接している。