全日本の観光地へ
公開:8:00日没まで 休業:無休
長安寺は山号を金剛山という天台宗の古刹で、平安時代に六郷満山65カ寺を統括していた西叡山高山寺が衰微したのに伴い、その中核的地位を継承して発展した寺院です。境内の収蔵庫には、同寺の奥の院の六所権現社に収められていた太郎天・二童子像と銅板法華経(ともに国指定重要文化財)が保管されています。この太郎天像はもともと天狗を表しているいわれています。天狗は修験道の守り本尊とされ、大日如来の使者である不動明王が、修験の極致にある者の前に顕れるときに太郎天の姿をしていると考えられています。
12世紀末頃急速に全国的な規模で広がりをみせた紀州(和歌山県)の熊野修験と深いつながりを持つという満山中でも得意な存在の寺院です。ここ胎蔵時は「今熊野山胎蔵寺」という名の示すとおりに熊野権現を鎮守としています。寺宝として3面の「懸仏」が保管されています。
画像石とはキャンバスに見立てた石板に仏像を線彫りしたもので、94枚もの画像石が残されています。板上には極楽や地獄のさまが描かれており、中でも阿弥陀如来が優しく微笑む「阿弥陀来迎図」やいかめしい十王が死者を裁く様を描いた「地獄十王図」、さまよう死者たちに救いの手をさしのべる「六地蔵図」等があります。
同心円の紋様が見られ、現在19基確認できる。
拝観:5月〜10月8:30〜17:30 拝観:11月〜4月8:30〜17:00
鬼が一夜で築いたとされる石段を登った先に国指定の重要文化財の熊野磨崖仏があります。絶壁の右手に引き締まった表情の大日如来(約6.7m)、左手に微笑んでいるかのような不動明王(約8m)がそれぞれ刻まれているのですが、その姿あまりに自然で周囲の景色に溶け込んでいます。
弥生時代から中世にかけての復合遺跡で、園内には竪穴式住居が復元され、石棺墓などを展示している。
前方後円墳。
帆立貝式で箱式石棺から短甲を出土。
昭和30年代にかけて、国東半島一の賑やかな町として栄えていました。昭和30年代以前に建てられた古い建物が7割も現存することから「昭和」にスポットをあて、昭和の街並みを再現しいます。
中腹に鍋山磨崖仏があり、国の史跡に指定されている。