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山鹿温泉

受付時間:日月火水木金土9:00〜18:00

菊池川と岩野川が合流する辺りに湯街が発展している。温泉の発見は古く、平安時代に編さんされた『和名抄』の中にもその名が見られるほどである。湯量は豊富で古くから温泉の余り湯で洗濯する習慣もあり、「山鹿千軒たらいなし」と唄われるほど。市街の中心地にはその泉質を気軽に楽しめる「あし湯」もある。泉質はラドンを含むアルカリ性単純温泉で、泉温は39〜45度。神経痛・リューマチなどのほか美肌作用があるため女性客に好評。

熊入温泉

山鹿市街地よりやや北方、素朴な温泉情緒が人気を呼び、県北をはじめ福岡県からの湯治客が多く訪れている「熊入温泉」。今から約700年前の延元年間の頃、菊池武時(きくちたけとき)公の家臣、八幡弥四郎が発見したといわれています。天正年間(1573〜1591)には、無料で入れる「平湯」として定着し、明治20年頃まで近在の人や旅人の憩いの場として親しまれていました。毎年、春の桜の頃には、近くの倉塚公園で桜まつりが開催されています。

平山温泉

山鹿市街から9km離れた山あいにある静かな湯治場。起源は延暦年間(8世紀)といわれ、古い歴史を誇ります。『山鹿の奥座敷』と呼ばれ、ゆっくりとした時間を過ごせる温泉情緒漂ういで湯の里です。全国でも屈指の療養温泉として知られています。近くに西南ノ役の古戦場や1300年前のチブサン古墳・鍋田横穴群・弁慶穴古墳などの旧跡も多く、浴後の散策によい。

山鹿市立博物館

開館:日火水木金土祝9:00〜17:00 休館:月祝日の翌日、年末年始

山鹿市立博物館は、昭和53年4月1日、県内2番目に開館した博物館です。建物は鉄筋コンクリート2階建て、延べ面積681平方mとかなり小さな博物館ですが、展示されている資料は豊富で、山鹿市を中心とした菊池川流域の考古資料のほか、歴史資料や民俗資料を展示しています。全国に唯一の石包丁形鉄器や、30数例しかない巴形銅器など大変貴重な資料も展示しています。博物館周辺には肥後古代の森公園として整備されていて、チブサン・オブサン古墳につながっています。そのほか江戸時代後期の民家や全国第二位の用水橋(石橋)である大坪橋が移設復元されて、文化財のあふれる空間となっています。主な展示資料〔旧石器〕尖頭器(市指定)、ナイフ形石器〔縄文〕縄文土器、土偶、骨角器〔弥生〕丹塗土器、家形土器、中広銅矛(市指定)、巴形銅器(市指定)、鏡、石包丁形鉄器〔古墳〕鏡、勾玉、馬形埴輪、人物形埴輪、鳥形埴輪〔古代〕中村廃寺瓦、墨書土器、凡導寺経筒(県指定)〔中世〕輸入陶磁器、瓦質土器〔江戸〕湯町絵図(市指定)、古事記伝写本(県指定)〔明治〕西南の役山鹿口の戦い錦絵

千代の園酒造資料館

開館:日月火水木金土9:00〜16:00 休業:年末年始・土曜休業の場合あり

「千代の園」は、九州の酒の浪漫を今に伝える優れて象徴的な存在である。チブサン古墳をはじめとする装飾古墳の郷、熊本県山鹿に生まれて一世紀。伝統の文化とともに、根強く残っていた美酒の浪漫は、「千代の園」とともに現代に甦ったといえる。いま、「千代の園」は豊かな秋の実りを象徴する米にこだわり続け、「酒味浪漫」を求めて21世紀へ翔く。来るべき時代の「酒味浪漫」が、盃の向こうに見える。

山鹿灯籠民芸館

開館:9:00〜18:00 休館:12月29日〜1月1日

昔ながらの町並みを残す豊前街道に、洋館風の建物「山鹿灯籠民芸館」があります。かつての安田銀行(大正14年(1925))の内部を改造し、昭和62年4月にオープンしました。木や金具を使わず、和紙と少量ののりだけで作られる伝統工芸品「山鹿灯籠」は、古くから大宮神社への奉納のために作られ、伝えられてきたものです。室町時代の金灯籠に始まり、その後長い歴史の中で神殿造り・座敷造り・城造りなどと多様化してきました。その山鹿灯籠が館内に展示され、多彩な灯籠師たちの匠の技を見ることができます。また、山鹿の工芸品も展示・販売され、充実した山鹿工芸の唯一の展示場として、観光客や市民に喜ばれ、親しまれています。(平成14年国登録有形文化財)本館の天井には、江戸時代に細川藩主が利用した「御前の湯」の天井に描かれていた細川藩の絵師・狩野洞容(かのうとうよう)作「双龍の絵」が飾られています。

燈籠殿

公開:8:00〜16:30 休業:お盆の期間

大宮神社の境内にあり、8月16日の奉納された山鹿灯籠を翌年の灯籠まつりまで展示。

薬師堂

千年以上の歴史がある山鹿温泉も、文明5年(1478)3月に突然枯れました。当時の湯主、左近郷近宗は、菊池氏の祈祷寺だった湯町九日町の金剛乗寺・第八世宥明法印に、温泉復活の祈祷を依頼しました。法印は薬師堂を建立し、毎日丑の下刻に起床し身を浄め祈祷を行いました。満願になった同年の12月20日、以前より勝る湯がこんこんと湧き出しました。町民はこの日を温泉祭とし法印の功績をたたえ、薬師堂を湯の守り神として今も大切にしています。現在も毎年12月20日には「山鹿温泉復活感謝祭」が行われています。現在の薬師堂は明治5年に建てられたものです。本堂には、ご本尊の薬師如来座像。両脇には日光菩薩・月光菩薩。温泉復活の大恩人、宥明法印像もあります。また、十二神将も祀られています。

金剛乗寺

護國山金剛乗寺(ごこくざんこんごうじょうじ)は、天長年間(824〜834)に空海によって開かれ、かつては建物が大きく西の高野山と云われました。一時は途絶えましたが後鳥羽天皇の勅願で再建され、宝徳年間(1449〜1452)に宥明法印住職によって復興されました。宥明法印住職は、文明5年(1473)3月温泉が突然枯れてしまったとき、薬師堂を建て祈願をして温泉を復活させた山鹿温泉の大恩人と云われています。その後、宥明法印が遷化したとき、紙細工の名人・山口兵衛が数百の紙灯籠を作り、霊前に供えたのが山鹿灯籠の起こりとも言われています。ご本尊は薬師如来。本堂には大日如来、宥明法印像、聖天・不動明王が祀られています。また、境内には修復された如意輪観音堂があり、見事な仏像を見ることができます。石門は、文化元年(1804)に石工・甚吉によって造られたもので、凝灰岩の切石を使った円形の門です。昭和50年2月、市の「特別文化財工芸品」に指定されました。異国を思わせるようなデザインは町の人々に親しまれています。・九州四十九院薬師霊場第三十二番札所

大宮神社

山鹿灯籠まつり(やまがとうろうまつり)の発祥といわれている景行天皇奉迎伝説の舞台となったのが、濃霧の立ちこめた菊池川(きくちがわ)であり、そしてここ大宮神社です。景行天皇はここに行在所を設け、里人たちはその日から毎年、たいまつを献上し続けたといいます。燈籠殿では、毎年8月15日から16日にかけて行われる山鹿灯籠まつり(やまがとうろうまつり)で行われる、六百年続く伝統神事「上がり灯籠」で奉納された山鹿灯籠を全て保存展示しています。毎年、まつりのたびに全ての展示灯籠が新しく入れ替わり、展示灯籠の払い下げ申し込みもできるほか、御神宝「三十六歌仙絵馬額」(実物大写真パネル)もご覧いただけます。

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