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休園:第1・第3・第5月曜日・12/29〜1/3
二見町の人工島にあり市営プールや球技場など。市営プールは7/1〜8/31(10:00〜17:00)屋内競技場は、9:00〜21:00まで。テニスコート・運動場・臨時球技場は、9:00〜17:00まで(4月1日から8月31日の間は18:00まで)。海に囲まれた緑いっぱいの総合公園で、春になると鮮やかに咲き誇るツツジの名所としても有名です。
休館日:石ケ谷公園は無休。明石中央体育会館は第1・3・5月曜日・年末年始が休館日。
明石の梅と桜の名所として楽しめる公園。広い敷地には中央体育会館をはじめ、乗馬場、放牧場、フィールドアスレチック、梅林などがあります。2月下旬には、園内約1000本の梅が花を咲かせ、多くの人々が鑑賞に訪れます。無料駐車場(350台)あり。
明石駅のすぐ北側に広がる、明石城跡を中心に整備された広域公園。四季折々の自然を満喫できる憩いのスポット。春には約1000本の桜が咲き乱れ公園内を鮮やかに彩ります。また夏は新緑、秋には紅葉、さらに10月下旬には菊愛好家たちが大菊、盆栽菊などを出品する菊花展が開かれます。「日本の都市公園100選の地」や全国「さくら名所100選の地」に選ばています。
善楽寺とは、戒光院・実相院・円珠院の総称で平安末期には17か院もあり、明石川の東岸一帯に七堂伽藍がそびえていた。明石では一番古いお寺といわれ、大化年間(645〜650)法道仙人によって創建された。焼失したのを再興したのが平清盛で境内には、清盛の供養塔といわれる石造五輪塔がある。この善楽寺周辺が明石における源氏物語の史跡としてよく知られている。戒光院には、5代藩主松平忠国が建てた「光源氏古跡明石の浦の浜の松」の石碑、「明石入道の碑」、円珠院には、宮本武蔵が作庭したと言われる枯山水の一部がある。
公開:9:00〜17:00
行基によって天平2年(730年)に開山したと言われ、明治初期から植えられた牡丹が4月下旬になると境内いっぱいに咲き誇り、訪れる人の目を楽しませます。その数は50種類、2千株以上。ぼたん寺と呼ばれ親しまれる明石の花の名所のひとつです。
「源氏物語」のゆかりの地で、光源氏が月見をした寺として知られる。そのすぐ横には、光源氏が明石の上の住む「岡辺の館」へ妻問うときに通ったとされる「蔦の細道」がある。
市指定文化財になっている山門は、豊臣秀吉が伏見城の薬医門として建てたものを、明石城主の小笠原忠真が築城の際に将軍徳川秀忠から御殿の正門として贈られたと伝わる。明治6年(1873年)にこの寺に移され、現在に至っている。
万葉歌人の柿本人麻呂をまつる。明石海峡を見渡す境内には、人麻呂の歌碑がある他、伝説に彩られた盲杖桜や八房梅が植えられている。遠方から火除け、安産、合格祈願に訪れる人も多く、地元では「人丸さん」と呼び親しまれている。
明石城は、姫路城の後詰として、徳川二代将軍秀忠が命じて元和5年(1619年)に築城した。最初の城主は小笠原忠真であるが、天和2年(1682年)結城秀康の孫松平直明が入ってから十代続いて明治になり、同6年廃城。現在は本丸の南西と南東に位置する2棟の坤櫓と巽櫓が残っている。
国道2号線の1本南を走る旧西国街道沿いにあり、播磨と摂津を結ぶ交通の要衝であった。すでに鎌倉時代から開かれていて、兵庫と加古川の中間に位置する大きな宿場町として栄えた。旅篭60軒、大名の泊る本陣もあったといわれる。現在は数少なくなったが、白壁、格子窓の古い民家がわずかに残り、宿場町の面影をとどめている。