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飯盛城跡

営業:見学自由

標高314メートルの山頂に、飯盛城跡の碑とひっそりと残る石垣の一部がある。1467年(応仁元年)に始まった応仁の乱は世を戦国の時代へと巻き込んでいった。戦略上重要であった飯盛城は、この争乱の中で木沢長政から安見直政へとその城主は移り変るが1560年(永禄3年)ついに畿内勢力の掌握に成功した群雄三好長慶の居城となる。各尾根の要所には郭(くるわ)と呼ばれる陣地が設けられ、山全体が堅固なる要塞であり、その規模は中世山城としては最大級とされている。

滝畑レイクパーク

営業:9:00〜17:00野外施設は10:00〜16:00(スーパースライダー使用券の発行は、その日の状況により16時までに締め切る場合あり) 定休日:月曜、第2・4火曜日(祝日の場合は開園)

南海または近鉄の河内長野駅からバスで「滝畑ダムサイト」を下車し、徒歩約10分。美しいダム湖の水面を見下ろす斜面に、河内長野市勤労者野外活動施設・滝畑レイクパークが広がる。芝生広場、花木園、センターハウス、和室の研修室などが整備されている。パークから徒歩約30分余り、ダム湖に架かる夕月橋を渡ると茅葺き屋根が目を引く滝畑民俗資料館がある。ダム建設に伴い、建設されたもので、館内には江戸期の民家や工芸品、民具などが展示されている。更に足をのばせば野外活動・レクリエーションなどに広く利用されている青少年センター、大小さまざまな滝がある滝畑四十八滝も。

ふれあい考古館

営業:9:00〜17:00 休業:毎週月曜日、休日の翌日(月曜が休日の場合は開館、翌日休館)、その他展示替え等による臨時休館の場合あり

ここでは、市内から出土した遺物を洗浄・復元する作業を見学できたり、復元作業や火起こしなどを体験できる。その他、市内での出土品、考古学文献、全国の発掘調査報告書などが取りそろえられ、それらを自由に閲覧することもできる。考古館の敷地内には、弥生時代の竪穴住居が、移築復元されているので歴史を身近に感じることができる施設となっている。

滝畑湖畔観光アマゴ・マス釣り場

営業:9:00〜17:00季節での変動あり 休業:年末年始

河内長野駅よりバスでダムサイト下車、徒歩数分、滝畑ダム上流付近にある観光釣り場。川幅を仕切って自然に近いような環境でアマゴやアマメ、ニジマスが放流され、釣った分だけ買い取るというシステムだ。短時間しか遊べない人や初めての人にもおすすめ。岸の向かいには、滝畑四十八滝で知られる光滝があり、近くの渓流釣りなど、さまざまな自然のアミューズメントを満喫できる。

天野山カントリークラブ

定休日:休日毎週月曜日、12月31日、1月1日

烏帽子形公園

この公園は烏帽子形山中腹にあり、烏帽子形山とは、山の形が烏帽子に似ていたため名付けられたそうだ。ここは楠木正成の出城跡でもある。そして、自然生態観察公園として作られたのがこの公園だ。山にあるため高低差があり、敷地は広大なので、道しるべをチェックしながら散策しよう。

河合寺

溢れる自然を体感できる長野公園の河合寺地区内に位置し、周辺は桜やアジサイの名所。643年、皇極天皇が蘇我入鹿に命じて建立させたのが、寺の始まりと伝えられている。往時には塔頭24坊があり、観心寺・金剛寺と並び河内三大寺と呼ばれる程だった。南北朝時代には楠木氏をはじめ南朝方の崇敬を受けるが、正行(まさつら)の戦死後、兵火に遭い焼失。その後、織田信長に寺領を没収されて、寺運が衰えた。のちに豊臣秀頼や狭山藩主北条氏が再興を試みるが、以前の隆盛はみられなかったという。木造多聞天立像、木造持国天立像、木造千手観音など、平安期の5体の仏像は国指定重要文化財。平成2年には付近に「アジサイ園」が完成し、多くの人が訪れる。

光滝寺

融通念仏宗の寺で、境内には、本堂、庫裡、炭焼不動堂が配置されている。炭焼不動には、その年初めて焼いた炭が奉納される。寺には、平安末期の不動明王像、阿弥陀如来立像がある。周辺は、動植物の種類も多く、極めて恵まれた自然環境にあるため、河内長野市の名勝に指定されている。

地蔵寺

ホトトギスの名勝として、河内長野八景の一つに数えられている地蔵寺。4,500平方メートルの境内は、大阪府の名勝に指定されており、周りには豊かな自然が多く残っている。本堂は、正面柱間4間、奥行5間で正面・側面に広縁を設け、背面では、落縁をつけた宝形造、棧瓦葺のたてもので、江戸時代の中期に建立されたものと考えられている。本尊の地蔵菩薩半跏座像は仏師運長の作。

天神社

天神社は、もと大梵天王社(だいぼんてんのうしゃ)ともいわれ、滝畑七ヶ村の氏神でした。室町時代後期の永正、天文年間、および江戸初期の札が多数おさめられています。本殿前面にある蟇股(かえるまた:建築細部の一つで、上部の重みを支える役目をする。輪郭が蛙の脚のような形をしているのでこの名がつけられ、中世から次第に装飾化されていった)は、南北朝時代の様式を示していることから、本殿もこの時期の造立と考えられています。

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