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寿福寺背後の山腹、唐草やぐらと呼ばれるやぐらが源実朝の墓といわれ、鎌倉末期から南北朝にかけての姿を伝える五輪塔が立ち、その後ろに石棺がある。隣に並んで北条政子の墓と伝えるやぐらがあり、やはり五輪塔が安置されている。
大船駅のすぐ西側、無我相山の山頂に立つ大船観音は、高さ約25m、鉄筋コンクリート造りの聖観音上半身像で、1960(昭和35)年に完成した。観音の胎内には20分の1の大きさの原型像や十一面観音像が祭られている。
由比ガ浜地区は、西より、体を動かせる「多目的広場」、昔の江ノ電車両(愛称タンコロ)、道路を隔ててくつろぎの「芝生の広場」、見晴らしの「築山のある広場」に分かれています。海を望む公園として、沖でウィンドサーフィンを楽しむ人たちを見ながら、陽を浴びて日がな一日のんびりと過ごすことができます。また、海岸は夏のシーズン海水浴場としてにぎわいを見せます。
由比ガ浜の南西端に突き出す懸崖。新田義貞の碑や「真白き富士の嶺」の歌で知られるボート遭難の記念碑が立ち、遊歩道も設けられている。
書院裏の内庭に蓮の花が咲く清冽な池泉がある。弥生時代の遺跡から得た蓮の種から育てた「二千年蓮」がある。また本堂右手には枯山水の三尊五祖石庭がある。
方丈背後の庭園は心字池を中心にしたもので夢窓国師が造った。柏槙の並ぶ中庭とともに国の史跡指定。
前庭の白鷺池や、妙香池を中心とした仏殿背後の庭園は、周囲の自然林を含めて国の名勝に指定されている。
瑞泉寺は夢窓国師が創建、庭園も国師の作庭として名高い。山を削り、伽藍を整え、2つの大洞窟をつくり、その1つを座禅の場とした。自然の素晴らしい風景の中に宗教的な意味を見いだしていた国師の心がうかがえる庭園である。1970年に復元された。
日蓮が鎌倉にきて布教を行うために建てた草庵が、鎌倉の僧・武士によって焼き打ちされた。(松葉ヶ谷法難)その草庵跡に日蓮が建てた法華堂が本圀寺で、本圀寺が室町時代に京都へ移されたあと、1357年(延文2)日叡が父の霊を弔うため、寺を再興したのが妙法寺の起こりといわれる。境内には美しい苔の石段があることから、「苔寺」ともいわれる。
開山は北条時宗の妻であった覚山志道尼、開基は時宗の子、北条貞時で1285年(弘安8)に創建。縁切寺法で女性を救済したことから「駆け込み寺」や「縁切り寺」の俗称で名高い。鎌倉三十三観音第32番。東国花の寺。