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京風庭園「ポケットパーク」

京都出身の日本画壇の巨匠・竹内栖鳳画伯の作品を中心とする収蔵品を展示している「湯河原ゆかりの美術館」の開館、京都仙洞御所の庭園に敷き詰められた石が吉浜海岸で産出した“一升石”と呼ばれる石であることなどの機縁により、湯河原町は、全国京都ゆかりの市町により組織されている「全国京都会議」への加盟が認められ「小京都」の仲間入りを果たしました。この小京都への加盟を記念し、湯河原駅前に京風庭園「ポケットパーク」が開園されました。一升石(いっしょうせき)・・・文化14年(1817年)、京都仙洞御所において、光格上皇が院政を開かれた際、御所の庭に州浜を作るため、京都所司代の要職にあった小田原藩主大久保忠真公が、湯河原町吉浜(当時は吉濱村)の海岸から、3寸から4寸の長楕円形の石を米一升与えて集め、真綿に包んで2千俵を海路京都まで運び献上されたと伝えられるところから、一升石の名がついたとされています。

五所神社

縁起は古く、二見加賀之助重之らが湯河原を開拓した頃(奈良時代)までさかのぼる神社。源頼朝が伊豆挙兵の際、土地の豪族、土肥次郎実平が主公のために戦勝を祈願し、腰につけていた刀を納めたという逸話が残ります。県道わきで枝を広げるのは「明神の楠」。推定樹齢800年以上、根回り15.6mの巨木です。

城願寺

休業:年中無休

土地の豪族「土肥実平・遠平」父子の像、土肥一族の墓所(五輪塔:神奈川県指定史跡)、七騎堂、樹齢800年といわれる天然記念物の「びゃくしんの樹」等があります。(曹洞宗)

土肥城址

実平は坂東八平氏の祖・村岡良文から六代目の子孫で、真鶴にいた父・中村宗平から土肥郷を与えられて館を構えた。湯河原駅のあたりがその館跡である。実平は治承4年(1180)の源頼朝の挙兵に協力したが、石橋山の合戦で敗れ小舟で房総に逃れた。実平は、この功で鎌倉幕府の重鎮になるのだが、その子孫は次第に勢力を争い、安芸国(広島県)に落ちて小早川姓を名乗る。戦国時代に毛利氏の名参謀となった小早川隆景はその子孫だ。

しとどの窟

休業:年中無休

石橋山の戦いに敗れた頼朝が隠れたといわれる岩屋。大小20体余りの石仏が天然の岩屈内に並ぶ。治承4年(1180)、源頼朝は平家討滅、源氏再興の兵を挙げましたが石橋山の合戦にて敗れ、土肥実平に導かれて隠潜した巌窟が、この「しとどの窟」です。流れ落ちる湧水、苔むす岩石。「土肥椙山観音像群」と呼ばれる多くの観音や石塔が立ち並ぶ、夏でも涼しい仙境です。

城願寺のビャクシン

休業:年中無休

成願寺の境内の石段を上がっていくと、本堂に向かい右側にビャクシンの巨木がある。推定樹齢800年、高さ20mの巨木、目通6m。国の天然記念物(国指定昭和14年9月)。

不動滝

休業:年中無休

落差15mの名瀑。滝の左側には身代わり稲荷、右側には出世大黒尊が祭られています。

真鶴町立中川一政美術館

開館:日月火木金土祝9:30〜16:3012月28日〜31日は休館。臨時休館日あり。

真鶴町に住み現代の文人画家と称された中川一政の長年の成果である絵画や、味わい深い書などが展示されている。ロビーの床は特産の小松石を用いるなど建物自体の設計もシンプルで心地よい。自然公園でもある真鶴半島の海を見渡す一角にあり、そばには原生林もあって、自然散策も楽しめる。

岩海水浴場

開設:夏7月〜8月8:30〜17:00

波が静かでお子様も楽しめる家族向きの海水浴場です。

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